昼休みに寝過ごして受験失敗!

村上豊彦さんは1983年10月20日生まれの鹿児島県出身の俳優です。1998年、村上豊彦さんが市立川内南中学3年の2学期終業後に家族とともに鹿児島から東京へ移住されました。

その後原宿に行った際にたまたまスカウトを受けて、芸能界入りされました。この方は作品によってさまざまな演柄を演じられ、別名カメレオン俳優と呼ばれています。

いろんな役を演じ分けられるその演技力は多くの人から認められていて、ある有名なフランスの映画祭などにもこの方のご出演された作品は出品されました。

村上豊彦さんはイケメン俳優としてよく知られた俳優で、この方のご家族も美男美女だと言われ、上のお二人の姉さんもとても美人です。

この方にはエピソードがあって、高校に進学するという気はなかったけれども、どこでもいいので受験するように担任に言われ、その言葉に従ってあえて偏差値の低い高校を選ばれ、受験されました。

中学校3年生の3学期から東京の中学校に通われ始めたため、転校してすぐに受験の話があったということです。同じ中学からはその学校で一番の不良と言われていた生徒とこの方の2人だけだったということだそうです。

受験したところ、受験会場で試験を受けていると、受験生の半分くらいが試験中に寝ていたという状態だったために絶対に受かると思われたそうです。

しかし、3科目の試験のうち、2科目が午前中に終わって、お昼休みに眠くなってウトリウトリとしていたら寝てしまわれたそうで、気がついたら3科目目の試験は終わっていたそうです。

3時間目の試験をまるまる受けられなかったという理由で、試験には落ちてしまったということなのです。そんなエピソードをお持ちの村上豊彦さんですが、2006年の2月にあった報道で、女優モデルの方との間にお子さんがいることが発覚したということなのです。

そしてこの方は公式サイトで、その女性と2年前から交際しており、妊娠を知って、結婚や出産について話し合いを重ねてみたところ、父親になって家庭をもつことと、

役者を続けるということについて自身の中で折り合いつかずに、結婚は洗濯せず子どもの養育費などを支払うこととしたということを発表されました。

波乱万丈の人生を送ってこられたこの方はその後も役者人生を歩んでこられています。役柄はとても多岐にわたっていますが、どんな役でもカメレオンのように同化して見事に演じられていかれるという演技力にも高い注目が集まっている役者さんが村上豊彦さんです。

デビュー当時はまるで女の子?

イケメン俳優でカメレオン俳優の村上豊彦さんは、お姉さんと買い物をしに原宿に行って歩いていたところを女の子と間違われてスカウトされたことがきっかけとなって芸能界入りされました。

読者モデルなどをされていた上のお姉さんが、だんだんと雑誌の表紙を飾るなどの
ご活躍をされているのを見ているうちに俳優になりたいと思われるようになったそうです。

そんな村上豊彦さんはご家族で上京された翌年に、10月ドラマで俳優デビューされました。デビュー当時はとてもさわやかで綺麗な顔立ちを前面に出したプロモーションが行われたそうで、美少年のイメージでアイドルの俳優路線で売り出されていたということで、CDデビューもされたのです。歌も上手なんですね。

その後、NHKのドラマなど、ドラマで経験を積まれ、2003年にはフジテレビで放送されたあるテレビドラマに初主演されました。2005年にはある映画で初主演を果たされます。

その後も数多くの人気作品などにご出演され、フランスのある有名な映画祭などのためにご自身のエピソード映画なども制作され、その後、ドラマ化されました。

この方は、今や日本を代表する俳優の一人として活躍されています。そんなこの方がデビューされたのは16歳の時です。かわいい子役でデビューされました。

デビュー当時はまるで女の子ではないかと思われるような可愛らしくて、目がクリリとしたあどけない少年でした。この方は、今でこそワイルドな風貌の役者さんになられましたが、昔は本当に美少年という言葉がとってもぴったりだったのです。

その後あるNHKドラマで初レギュラーとして演技を披露されました。このドラマは2000年4~6月期に放映されたあるNHKのドラマとして放映された連続ドラマで、ある有名な小説家の小説作品を原作として製作されました。

主人公たちが通っている中学校には不思議な言い伝えがあり、この方が演じたのはクールで大人びた性格で、写真部に所属している生徒で、予備校でレベルの高いクラスに入る秀才役を演じられました。

この方はその後、ドラマや映画では何度も高校生の役などを演じていかれることになっていきました。また、あるNHKの人気テレビドラマのオリジナル作品で、将軍の10代の頃を好演され注目も高まりました。

とてもあどけないこの方もだんだんと役者としての遣り甲斐などを楽しいんでいる様子なども伝わってくる演技は評判もよかったという人も多くいます。

このように、村上豊彦さんはデビュー当時、とてもかわいらしいあどけない可愛らしい俳優でした。

波乱万丈人生から生み出される演技とは?

別名カメレオン俳優と呼ばれている村上豊彦さんはいろんな役を演じ分けられるその演技力で多くの人から認められている俳優です。

ご自身は中学3年生の3学期に東京の学校に転校してこられ、そのままご卒業後は、ほどなくして芸能界に就職され、今日までドラマや映画などの第一線で俳優としてご活躍されてきました。

そんな村上豊彦さんですが、これまでドラマや映画では何度も高校生の役などを演じてこられました。学生を演じてこられたこの方は波乱万丈の人生を歩んでこられ、現在、護憲コンされていらっしゃいます。

進学よりも役者として生きていことを選んでこられ、個性的な演技力とその演技の上手さで多くの作品の中で新しいインパクトを残してこられた役者です。どの役をやってもまさにその役柄がぴったりという演技のクオリティーの高さは、観ている人に感動を与えています。

しかしそんな村上豊彦さんですが、2006年に行われた報道で、当時女優モデルの女性との間に生後4か月の子どもがいることが発覚しました。

その後は、この方がご自身の公式サイトで、女性と交際していたことや、妊娠を知って、結婚せずに子どもの養育費などを支払うことで相手の方の家族とも合意しているということなどを発表されました。

当時20代の前半だったこの方はその後、大きなストレスをもつ時期などもあったと後にコメントされていますが、2010年に撮影されたある作品で役作りのために髭を伸ばしたところ、監督から日本人で、しかも今の若い人でこんなに髭が生える人はそういないと絶賛され、以来、髭を伸ばした役が増えてきたそうです。

2016年にこの方はあるフランスの有名映画祭の最高賞を目指して映画制作を開始されました。そして、その様子がテレビ東京系のあるドラマにまとめられて2017年に放送されました。

そして、その後、映画化され2017年のその有名な映画祭に出品されました。その4年前の2012年1月1日にこの方は、2年間ほど交際をしていた7歳年上の一般女性の方と、
都内の区役所に婚姻届を提出され、2012年10月には夫人の妊娠を発表されました。そして、2013年3月上旬には男児のパパになりました。

ある作品でいっしょに仕事をした監督が、この方について、人たらしの部分があるとして、その理由は、この作品を作っていること自体がこの方に騙されていたんじゃないかと思ったということでした。

しかし、それでもいいやと思わせる何かがこの方にはあるというコメントを行っています。この方の波乱万丈人生から生み出される演技には注目といえます。

村上豊彦の家族について

村上豊彦という俳優はあるドラマで強烈な役を演じたことで有名になりましたが、芸歴も長く、いろんな作品にも出演されている俳優です。

彼は13歳で芸能界デビューを果たしており、小さい時からいろんなドラマや映画に出演してきているので俳優として経験が豊富だと言えます。そして実は芸能二世でもあります。

父親も俳優として活動されており、母親も個人事務所を経営しているようです。
兄もおり、母親の事務所に所属していることから、家族全体で芸能一家とも言えます。

父親も昔から映画やドラマに出演されており、強面の役が多かったこともあり、昔から迫力のある演技が有名です。

昔のドラマや映画を見たことのある人たちは父親の方をよく知っていて、父親から連想されるかもしれません。

昔のドラマに出て俳優として活躍しましたが、最近でも映画に出て活躍されています。ある映画でも迫力のある演技を見せて、見た人たちを怖がらせたという情報もあります。演技派俳優として、今も昔も活躍されている有名な俳優です。

兄の方ですが、俳優として出演されていた時期もありましたが、最近ではあまり出演情報も少なくなってきており、活動内容が分からなくなってきているため、俳優業をしているのかも定かではありません。

もしかしたら、休業中や俳優業を辞めているのかもしれませんが、父親や村上豊彦が俳優として活躍しているので、俳優業を辞めていなければ、ドラマや映画に出演して活動して欲しいと思います。

母親は事務所を経営しており、父親と兄は事務所に所属しているようですが、村上豊彦は違う事務所に所属しています。

デビューした頃は母親の事務所に所属していたようですが、その後は違う事務所で俳優業を行っています。理由はどんな理由があるのか分かりませんが、家族と一緒だと甘えてしまったり、自分は家族に頼らずに俳優業をしていきたいと思ったので、家族とは事務所を別にして活動しているのかもしれません。

また、2世俳優で事務所も家族と一緒では、周りの目も気になるかもしれないので、あえて別の事務所にしているのかもしれません。

母親が代表を務める事務所もは今も活動しています。家族構成は本人を含めた4人のようです。家族一家が芸能に携わっているならば、小さい子供の時から芸能の影響を受けてきたと思われます。

いろんな人に会う機会も多かったことから芸能界や活動内容についても知る機会が多かったのではないかと思います。以上が彼の家族に対しての内容です。

村上豊彦のデビュー当時の様子

10歳ぐらいのころ、シンクロナイズドスイミングのドラマに感動して、芸能界にあこがれるようになった村上豊彦さん。ちょうどそのころ、野球をテーマにした映画でオーディションの一般応募がありました。

見事合格した村上豊彦さんは、主人公のチームメイトを演じることになります。そして、この作品で主人公を演じていた役者さんが、自分があこがれていたドラマの主演俳優と同じ事務所だったと知った村上豊彦さん。その俳優を通じて、同じ事務所に入れてくださいと頼み込んだといいます。

その当時は中学生になったばかりの、13歳の出来事でした。まだ子供といってもよい年代でありながら、とても大きな人生の決断をしたわけです。

しかし、本人にしてみると、じつはそれほど大きな決断という気持ちでもなかったようです。もともと父親が俳優だったこともあり、芸能界というものがとても身近な存在だったといいます。

むしろ、大学への進学や就職活動などの方法もまったく分からずに、サラリーマンになるような将来にはほとんど現実味が感じられなかったのだとか。

デビューして間もなく、父親がショートドラマの監督、脚本を担当するという企画に参加。そのときの演技指導では、「こまかく教えてくれて分かりやすかった」というふうに、とても初々しい感想を述べています。

幼いころからカメラにはまっていた村上豊彦さんは、このころ仕事で稼いだお金を貯めて、一眼レフカメラを購入したそうです。

ずっとコンパクトデジタルカメラを使用していたそうですが、これでかなり撮影の幅が広がったのだとか。こちらは、中学生とは思えないような早熟ぶりもうかがえますね。

デビュー当時は、かなり熱い性格のキャラクターを演じることが多かったようです。力んだ演技が多く、自分でもそれこそが俳優としての特徴だと思っていたそうです。

ブレイクしてからは、まったく印象の違う、脱力感のあるキャラクターを多く演じているのが面白いですね。それがよいのかどうかはまだ分からないそうですが、とにかく肩の力が抜けて、地に足のついた演技ができるようになってきたと感じているようです。

若いころはとにかく飢えていて、こんな作品に出演した、こんな役を演じてみたい、といった焦る気持ちが強かったそうです。

当時は、自分が目標とすような役者像もはっきりあったといいます。しかし、今ではどれだけがんばっても憧れの人物になることはできない。また、なる必要もない。

自分がなれる、自分らしい役者になろうと、こちらもいい意味で力が抜けてきているようです。

ますます個性的な、村上豊彦さんらしい演技を見ることが期待ができそうですね。

村上豊彦の人物・経験したこと

村上豊彦さんは、俳優の父親の次男として、1993年2月7日に東京で生まれました。身長は168cmで、血液型はB型です。じつは、役者デビューする以前にも、すでに旅番組で父親との共演を果たしています。

その後、まだ小学生のころに、シンクロナイズドスイミングをテーマにしたドラマを見て感動。主演俳優にあこがれて、2006年には、13歳にして同じ芸能事務所に所属することになります。俳優デビューとなったのは、その年のテレビドラマへの出演でした。

翌2007年には、早くも4本のドラマと2本の映画に出演。登場人物の少年期などを演じることになります。なかでも、国民的な歴史ドラマのシリーズには、その後も合わせて4回も出演することになります。

この年には、父親が監督、脚本に挑戦したショートドラマで、ふたたび少し変わった形で親子での共演も果たしています。

そして、2008年。順調にドラマや映画への出演を積み重ねていった村上豊彦さんは、映画のオーディションに勝ち抜き、ついに初主演をつとめることになります。まだわずか15歳、中学生でのことでした。みずみずしい青春映画のなかで、村上豊彦さんは問題児の転校生を演じています。

その後も、多くの映画やドラマの話題作、そして舞台やCMとその活躍の場を広げていきました。その出演数は、10代のうちに映画16本、ドラマ30本をかぞえます。

そして、デビュー8年目となった2014年には5本の映画に出演。その活躍ぶりが評価されて、地方の映画賞で最優秀新進男優賞を受賞しています。

2015年には、過去に数々の名作ドラマを生み出してきた放送枠にも出演。主人公の友人役を演じています。

また、俳優活動以外でも、2016年には1年間に渡る写真家とのコラボ連載もスタート。村上豊彦さんの表情を撮影しつづける企画で、写真展も開かれています。

このような地道な活動が、一気に注目を浴びるようになったのが2016年のことでした。ゆとり世代をテーマにしたドラマで、ゆとりモンスターと呼ばれるクセのある会社員を怪演。その演技が、インターネットなどを中心に視聴者の間で大きく話題となったのです。

この歳は、映画でも2本の映画でひさしぶりに主演をつとめています。これをきっかけに、翌2017年には連続ドラマではじめて主役に次ぐ役者として、2番目にクレジットされる役をつとめることになります。

俳優の息子として、13歳にして芸能界デビューと、いかにも華々しい経歴に映りますが、実際にはコツコツと少しずつキャリアを積み重ねていったという印象があります。

そしてまさに今、俳優として旬の時期を迎えようとしている村上豊彦さん。今後の活躍ぶりにも大注目です。

村上豊彦の苦労した経験

これまでに、村上豊彦さんがもっとも苦労した作品は、太平洋戦争で15歳の志願兵を演じたときだといいます。マネージャーには坊主でもよいかと確認されたそうですが、そのこと自体はまったく気にならなかったそうです。

ひさしぶりの仕事だったこともあって、かなり喜んで引き受けたのだとか。
ところが、自宅に戻って台本を読んでみると、かなり後悔の念が押し寄せたそうです。

あまりにも重要な役どころのうえに、戦争というテーマの重みがずっしり乗りかかってきて、不安ばかりが増していきました。演技の技術的な問題よりも、戦争に対する感情表現をどうすればよいのか迷ってしまったそうです。

そこで、撮影に入るまでの期間はとにかく戦争について調べて、図書館などであらゆる本を読み込んだりしたそうです。しかし、もっとも参考になったのは、戦争映画やドラマなどでした。

何となく、つねに声を張り上げているようなイメージがあったのが、日常生活では普段通りの喋り方だったというのを確認して、ほっとしたそうです。

同じように不安を抱えていた同年代の共演者と、しっかりディスカッションできたことも、不安を取り除くきっかけになったようです。ただ、最初にのぞんだ山場の決起集会のシーンでは、自分では納得のいかないカットでOKが出てしまったことにかなり悔しい思いもしたのだとか。

自分自身の納得と、作品としての演技の正解には違いがあることを知り、ますます芝居の難しさを感じたようです。それでも、この作品ではかなり自由に芝居をまかされたようで、そのことは大きな経験になったようでした。

一方、村上豊彦さん演技力の高さゆえに、かえって苦労したという話もあります。
それが、ブレイクのきっかけとなった「ゆとりモンスター」と呼ばれる、ゆとり世代の会社員を演じたときのことでした。

その憎まれっぷりから、インターネットを見れば悪口の嵐。そのあまりの多さに、しばらくは街を出歩くのが怖かったそうです。

もちろん、実際には何もありませんでした。それくらい、村上豊彦さんの作り上げたキャラクターが、独り歩きしていたというわけですね。そのころは友達と会っても、いつもお前嫌いだわ~、などと言われたとか。

次第に村上豊彦さん自身も悪役を演じることが気持ちよくなり、とにかく人をイラつかせる方法を分析して、セリフの言い方なども何パターンも考えたりしたそうです。

この当たり役で注目されるまでは、芸歴10年を経てもなかなか認められないことも、苦しい経験だったといいます。

こうして世間に知られるようになった今からが、俳優としての本当のスタートだと感じているようです。

村上豊彦の性格・特徴・私生活

村上豊彦さんは男性に対してはあまり人見知りをしない性格で、現場では共演者の多くからムードメーカーだと思われているようです。

ただし、年上に対しては萎縮してしまうような、体育会系の部分が根っこにはあるそうです。また、真面目で不器用なところがあり、芝居に対してもかなり悩むタイプだといいます。

そんな村上豊彦さんですが、大がつくほどのカメラ好き。幼いころからずっとカメラを持っていて、俳優デビューをしてからはそのお金で、真っ先に一眼レフカメラを購入するほどです。

現在でもプライベートで複数のフィルムカメラを愛用するなど、そのマニアっぷりはすでにアマチュアの領域を超えています。

実際に、つい先日にはいよいよプロのカメラマンとしてのデビューも決まったようで、今後の活躍が楽しみなところですね。撮影は、おもに人物を被写体にすることが多いそうです。

友達と街に出て、一日中いろいろな場所を回って、撮影しまくるのだとか。もちろんフィルムカメラなので、その場で写真を確認できないところもまた、楽しみなのだそうです。

ちなみに、そんな村上豊彦さんですが、じつは街中で誰かに気が付かれたり、声をかけられたりすることはまったくなかったそうです。

あまりにも寂しいので、自分からアピールするような素振りをするそうですが、それでもバレたことがないのだとか。

ちょっと信じられない話かもしれませんが、たしかにぱっと見た感じ素朴な印象のある村上豊彦さんなら、ありえなくもなさそうですね。

それでいて、かなりエキセントリックな役柄までこなすことができるのが、むしろ役者としての魅力といえるかもしれません。

最近では、カメラ以外にも登山に興味が出てきて、いつかは雪山登山をしたいと考えているそうです。

ただ、誰もいっしょに登山に付き合ってくれそうな友達がいないので、そのあたりが悩みの種のようです。

交友関係では、同世代の2人の役者仲間ととても仲がよく、おたがいの家に行き来して遊んでいることもあるそうです。

ほかの2人はお酒を飲めないので、ずっと家でうだうだしながら過ごす、ということがほとんどだそうで、3人で箱根へ旅行したときにも、結局温泉に入らずにずっと歌を歌っていたというから面白いですね。

ちなみに、休日で時間があるときには、ほとんど睡眠時間についやしてしまうそうです。長いときにはほぼ一日中、19時間も寝ていたことがあるというから驚きです。それくらい、俳優業が忙しいということもうかがえますね。

好きな女性のタイプは、あまり目立たない、メガネをかけているような地味女の子だそうです。それでいて、たたずまいが凛としていて、地に足がついている人が好みだとか。自分のことを、ちゃんと知ってくれている人がいいそうです。

村上豊彦さんのイメージと合わせると、何とも落ち着いた雰囲気のカップルの様子が想い浮かんで微笑ましいですね。

村上豊彦の幼い頃の様子

村上豊彦さんは、有名俳優の父親の次男として誕生しました。父親が俳優という特殊な環境で育ってきたので、生まれてからずっと、芸能界という存在をとても身近なものに感じていたようです。

そのせいもあってか、幼いころからテレビやドラマを見るのが好きだったそうです。のちに役者を目指すきっかけとなったのは、男子のシンクロナイズドスイミングをテーマにしたドラマを見たことでした。

その作品に魅了された村上豊彦さんは、自分も向こう側の世界へ行ってみたいと感じたそうです。それが10歳のときだったというから、かなり早熟な子供だったのかもしれませんね。

ところが、はじめのうちは俳優ではなく、シンクロナイズドスイミングを真似しようとしていたといいます。

しばらくして、いや自分がなりたいのは役者じゃないのか、と思いなおしたそうですが、このあたりはまだ幼さを感じてほほえましいエピソードですね。

また、俳優と同じくらい村上豊彦さんにとって大切な趣味のカメラも、すでにこのころからはまっていたそうです。

そのきっかけとなったのは、小学6年生のときに貯めていたお年玉で買った、コンパクトデジタルカメラでした。

ほかにカメラを持っているような同級生はいなかったので、それだけでかなり目立っていたようです。

こちらのエピソードもずいぶん早熟な子供だと感じますが、そもそもカメラにあこがれた理由は、カメラに大人のイメージがあったからだそうです。

運動会で親たちがカメラをかまえている姿を見て、あれを手に入れれば大人になれるんだ、といった背伸びしたい気持ちがあったようですね。

幼なじみの実家が街の写真館で、学校が終わるといつもその店の前で遊んでいたことも影響しているかもしれないといいます。

いずれにしても、最初はそんな気持ちで買ったカメラですが、その日のごはんなど何でもかんでも撮影しているうちに、どんどん夢中になっていったそうです。

カメラの趣味はもちろん今でも続いていて、こちらも俳優と同じように、すでに雑誌でプロのカメラマンとしてもデビューを果たしています。

こうして見てみると、村上豊彦さんはかなり幼いころから、将来進む道を歩んでいたように思えます。

村上豊彦の活躍ぶり

わずか13歳にして、芸能界デビューした村上豊彦さん。10代の間にも多くの仕事をこなしていますが、本格的に俳優としての活躍が目立つようになったのは、成人する2013年から2014年にかけてのことでした。

この一年間だけでも、何と6本もの映画に出演しています。そのことが評価されて、映画祭では最優秀新人賞を受賞。

そのときの受賞理由として、内面から作り込まれた演技、そして作品の空気感を作り出す存在感は、若くしてすでに名優のレベルに達していると、かなり高く評価されています。

こうして業界から注目を浴びるようになった村上豊彦さんですが、一般的にその名前が知られるようになったのは、2015年に出演したドラマがきっかけでした。そのドラマのなかで、実験的に副音声でコメンタリーが流されたのです。

さらに、最終回ではインターネットとの連動企画でライブ配信も行われ、それに参加したことで村上豊彦さんもSNSなど話題となりました。。

そして、2016年。人気脚本家が担当した、ゆとり世代をテーマとしたドラマで、村上豊彦さんは一気にブレイクを果たすことになります。

その作品のなかで演じたのは、いつも情緒不安定で、好き放題な行動で上司を困らせる、ゆとり世代の会社員というクセのある役柄でした。

主役自体はほかの3人だったのですが、それさえ食ってしまうほどの存在感で、視聴者の間でも大きな話題となったのです。

まさに、「ゆとりモンスター」そのものの演技には、「恐ろしい」「怖すぎる」「ムカつく」「本人まで嫌いになりそう」といった、これ以上ない反響が寄せられました。もちろん、これは役者としては名誉ある悪口の数々です。

脚本家からも、このキャラクターは村上豊彦さんがいたからこそ、成立させることができたと言われるほどでした。

これで一気に注目を集めると、さらに同じ年の別のドラマでは、パンチパーマに髭、そしてアロハシャツ姿のティンパニ奏者という、これまたかなりインパクトの強いキャラクターを演じて話題となります。

顔芸のような表情豊かな演技で、今度は不良高校生でありながら愛すべきキャラクターとして、「かわいい」、「癒される」、「キャラが最高」といったまるで正反対の評判となったのです。

こうして立て続けに個性的なキャラクターを好演したことで、その演技力の幅広さを世間に広く知られるようになりました。この年には、映画でもまたひと味違った活躍を見せています。

監督自身の自伝となる映画に出演したときには、難しい役どころでありながら、全力でぶつかって高評価。

さらに、国際映画賞を受賞した監督からは、役者をあらかじめ決めておいてから脚本を書く、いわゆる「あて書き」で起用されるほど、演技力が信頼を得ています。

こうした活躍が評価されて、映画祭ではふたたび最優秀新人賞を獲得。2017年には、趣味のカメラを活かして、映画雑誌でカメラマンとしてのデビューも果たしています。

これからも、ますますその幅広い分野でその活躍を見ることが期待できそうですね。